初代 竹内淳彦部長定年退職挨拶

ご挨拶  この度は、私の定年退職にあたりご高配賜り有難うございます。 私と空手道部との関係は大学創立の年以来ですから38年に及びます。クラブの創立から40年近くも顧問を一人の教員が努め、しかも、このような関係が続いている例は本学には無く、他の大学でも大変珍しいと思います。 最初、「空手」をやろうとする学生は多く、空手道部にはいろいろな流派、様々な目的の学生がまさにうごめいていました。このような状態を正常化し、正しい「空手道」の部を作ろうとする努力が重ねられ、この方針に従えないものを排して生まれたのが空手道部です。 まさに新しい集団の誕生であり、そこに他のクラブともかなり異なっている点があります。 こんな、空手道部の誕生と共に私の大学での活動がスタートし、その発展と共に」生きてきたわけでありますから、まさに空手道部の歴史はわたしども二人の歴史であると言っても過言ではありません。この間、数え切れないほどいろいろなことがありました。 厳しい活動は、脱落者を生み、時には路線巡る争いもありました。悲しい出来事もありました。しかし、これらの問題を自分自身で解決し、さらに強力な部へと脱皮してきた。 これが空手道部の誇れるべき歴史であると思います。この間、考えを同じくする三輪衛氏の指導の下、世界に通じる統一したご指導を頂いていることは何よりも大きかったと感謝しております 当初、空手道部が動きだした頃は、毎回合宿に参加し、一緒に走ったりもし、また 我が家での酒盛りも度々でした。学務が多忙になると共にそれもかなわなくなって久しいわけですが、私の空手道部を愛する気持ちは一貫しております。昇級、昇段審査や懇親会には必ず参加しており、学生諸君との心の交流は変わっていないと信じております。 いま、知識優先が言われ、身体の強化など軽視される中で、心の交流を基本に、人格形成をめざし、文武両道を究めようとする空手道部の活動は、実に素晴らしいと自画自賛しております。こんな素晴らしい‘部’で学生生活を送った卒業生は日本一幸せな仲間です。 胸を張り、自身を持って頑張って頂きたいと思います。また、その後輩である学生諸君には、折角ですから歯をくいしばって「幸せな仲間」入りを目指して頑張っていただきたいと思います。そんな素晴らしい、幸せな未来を約束されている若者はいないのですから。 私も家内も、こんな素晴らしい空手道部と大学生活を通じて親しくお付き合いでき、大きな感動を共にすることができたことは、人生における最高の財産であると常々話し合っております。空手道部と共に過ごした私の日本工業大学における38年に悔いはありません。 ただ、感謝のみです。 空手道部は、今年 私の最も信頼する瀧ヶ崎先生に部長をお引き受け頂き、さらに飛躍 しようとしております。日空会の皆さんに倍旧のご支援を頂きたいと思っております。 日空会と空手道部の一層の発展、躍進を心から祈念し、感謝の言葉と致します                      平成17年4月16日                  竹内淳彦 ※事務局よりコメント     この挨拶文は、竹内部長が当時定年退職にあたり書籍(ひとすじの途)の出版と 一緒に配られた文章です     「日本工業大学」という大学名は竹内部長が名付け親です       竹内先生は大学設立事務局のメンバーで大学名の決定を任されていました        杉戸駅は東京大都市地域の端に含まれるとのことで(日本地理学)        「東日本」でなく「日本」と言う名称で文部省に認められたそうです